2007年6月30日土曜日
あじさいコンサート
ベートーヴェン/交響曲第5番「運命」より第1楽章
ヨハン・シュトラウスII世/ワルツ「美しく青きドナウ」
ビゼー/「アルルの女」より「メヌエット」
ポールアンカ作詞作曲(土本康弘編曲)/マイ・ウェイ (ジェントル美賀多との共演)
(江間章子作曲・中田喜直作詞)/ふるさと (全員合唱の伴奏)
指揮:岩田俊之、場所:神戸市立美賀多台小学校多目的ホール
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2007年1月6日土曜日
設立の経緯
1985年4月3日付の神戸新聞に、「三木市内に初のオーケストラ結成への準備急ぐ」との記事が載ったのが、三木室内管弦楽団が初めて陽の目を見た瞬間でした。同月、他の全国紙の地方欄などにも団員募集の記事が掲載され、初期メンバーが集まることとなりました。発起人は当時加古川東高校に在職中の武田信行氏、緑が丘中学在職中の野村裕志氏、同山本(現矢野)明美氏の3名。きっかけとなったのは野村、山本両氏が緑が丘中学に創設した弦楽アンサンブル部と吹奏楽部選抜によるジュニアオーケストラの演奏を見た武田氏が、話を持ちかけたことによります。普通このような計画における最大のネックとなる弦楽器奏者の確保が一気に解消する、稀にして絶好のチャンスでした。武田氏の後の自著「トラツォム君、今日は!」(出版:総合企画ジャイロ)によると、身近に市民オーケストラを設立することが、クラシックファンであった氏の長年の夢であったようです。1985年頃といえばまだ景気も好調だったのか、当時の三木市長、大原氏の賛同も得て、臨時の予算執行によって大量の楽器を購入してもらうといった破格ともいえる助成を受けることもできました。新聞の記事を見た一般の参加や教員であった発起人の人脈も活かし、発足当時は順調な滑り出しで、約50名近くのメンバーによる結成式が1985年5月26日に緑ヶ丘町公民館中会議室にて執り行われる運びとなりました。
2007年1月5日金曜日
これまでの歩み ー 1. 創成期
私が入団した頃のMCOは、管弦打共にほぼメンバーが揃い、室内オケとしてある程度形が整った時期で、創成者であり初代代表でもあった武田信行氏を中心にメンバー同士のコミュニケーションもスムーズでアットホームな暖かさをもった、アマチュア・オーケストラとして、初々しさの中にも活気が満ちていた時期であった。
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これまでの歩み ー 2. 団存亡の危機の時代
そんな楽しいオーケストラも1989年の定期演奏会でベートーヴェンの第二シンフォニー、モーツァルトの「フィガロの結婚」序曲をやった頃から、各セクションの主要なメンバーを中心に転勤などのため少しづつ欠けていき、瞬く間にメンバー激減となった。毎週の練習も10名を切る状態が普通となり、時には3-4名しか集まらない日も多々あった。まさに「団存亡の危機」である。
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これまでの歩み ー 3. 再生期
唯一の救いは、武田氏が退団される少し前に指揮者を確保していただいたことであった。現在の常任指揮者の岩田氏がその人である。武田氏が正式に退団されたのは、岩田氏の指揮でオール・ハイドン・プログラムでの定期演奏会(2001年)を終えた後であったと記憶している。
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